茶筅が
今日は、母が亡くなって21年目の日。
昨日のことのようです。
なかなかの天然で伝説も。
駅の改札で扉が開かず、
飛んできた駅員さんから返されたのは、美術館の切符。
親戚が集まるので手伝って、と言われ
実家に行くとよろしくね🎵
と丸投げされ、完成すると、
あなたの分、数入れ忘れた😢
と私は外食。
何か違うよー😅
他にもたくさん、
気づいていた父は、母が亡くなってから
ホットケーキを焼いてくれたり、
私と息子のペースを考えてくれました。
バランス、とれてたんですねー😌
けれど、子供の頃母が作ってくれたおやつは、
今の私の仕事の原点になっているのは
間違いありません。
おかずの品数も多かったです。
あそこまで毎日なかなかできないと思います。
丸投げされたのも、信頼して任せてくれたのだと思いますし、沢山作って疲れただろうと、外に息抜きに出してくれたのだと、今は理解しています。
去年、母の抹茶茶碗をもらったので、
せっかくなので飲もうよ🎵と息子と上生菓子を買いに行きました。
しかし、家に茶筅がありませんでした。
茶道具は、きちんとお茶を習っていた姉のところにいったことを思いだし、
泡立て器なら沢山あるのになんだか残念な気持ちに。
息子に、電池やラップが冷蔵庫で待機していたことを指摘され、DNAの仕業だと責任転嫁しそうになりました。
結局、コーヒーで美味しくいただきました。
ピンクの、食べたかった…。